5/7土曜日
旅館を経った後は駅前の小綺麗なパン屋さんで軽い朝食を取った後、
今日の最初の目的地「土津神社」へ向かう。
ここは松平会津藩の開祖「保科正之」公の霊廟が祀られているところ。
保科正之公という人は、そもそも自分が会津に関心を持ったきっかけとなった歴史上の偉人で、
徳川幕府三代将軍家光に仕えた人。
その遺訓は代々受け継がれ、新撰組の庇護者として知られる幕末の会津藩主松平容保公へと繋がってゆく。
徳川幕府時代にはこの神社は日光東照宮なみのきらびやかな建築だったらしいが、
幕末の戊辰戦争のときに焼けてしまい、今は当時の姿は見る影もないと聞いていた。
そういう話を聞いていたこともあり、土津神社へは過度な期待はせずに訪れた。
だが境内は質素ながらも、整然とした木々の緑色と満開の桜に彩られ、予想以上に心地よい所だった。


この日境内ではちょうど神前のご結婚式の最中だった。
写真は式の後の記念撮影の風景

その後正之公へのお参りを済ませて、土津神社を後にした。
道すがら桜の花や会津の田園風景などを撮影しながら、次の目的地「観音寺川」へ向かう。

「観音寺側の桜並木」は地元でも有名な桜の名所とのことで、
この日もあいにくの曇り空ながら、お花見客の人たちで賑わっていた

その後は別の目的地に向かう予定だったが、
会津の田園風景が思いのほか良かったので、車を止めてしばし道ばたで撮影



とある農家のお庭で一枚。
当地の人々のお庭はどこもこのような感じで、チューリップ・バンジーなどの花で彩られていいた。

途中猪苗代湖にも立ち寄った後、今日の最後の目的地「円蔵寺」へ向かう。
その途中柳津温泉にて一枚。
ここの景色も箱庭のような感じで良かった。何となく、ほっこりする風景。

その後円蔵寺へ


お寺を一通り見た後は、柳津温泉の名物「あわまんじゅう」で小腹を満たす。
このあたりで日が傾いてきたので、本日の撮影は終了。
会津若松に戻り「ソースカツ丼」を食した後、本日の宿を探す。
一日歩き周り結構疲れていたので、また昨日の「ふじみ旅館」さんにお世話になろうかな?とも一瞬思ったが、
会津若松以外の県内の状況も自分の目で確かめたかったので、ちょっと移動距離が長いが当初考えていた福島市内で宿を探すことにした。
駅前のビジネスホテル「リッチモンドホテル」が空いていたので、ここに泊まることにした。
チェックインの時、フロントにいたはつらつとした感じの若い従業員の女性がいたので、
ちょっと雑談をして、震災の時の話も聞いた。
福島の市街地は盆地になっていて、空気が滞留しやすいので、
震災直後原発の状況がだいぶ予断を許さない状況のときにはマスクをして歩く人も多かったが、
今は人もおらず、市民の反応も割と落ち着いてきていますよ、といったような話をしていた。
明るく話をしてくれたが、やはり会津よりも原発に近いこともあり、
今回の災害に対する反応ももう少し重い受け止め方なのだなという印象は受けた。
原発事故が地域に及ぼした影響は、同じ福島県内でも地域によってだいぶ温度差があるようだ。
実はこの日昼に、福島第一原発付近の避難指示区域内の住民の方で、
今は避難所暮らしをされているという方たちと話をする機会があった。
土津神社のあたりでたまたま話しかけたご老人のグループの方たちが、
福島第一原発から7kmほどのところに住んでいた人たちで、
震災翌日に出た避難指示を受けて、その日以降ずっとこの付近にある避難所で暮らしているとのことだった。
曰く、
急に避難することが決まり慌てて避難してきたが、まさかこんな長期になると思っていなかったので、
手荷物等も必要最小限の物しか持ち出せなかったため、不自由している。
早く家財道具などを取りに一度家に戻りたいのだが、津波の被害などで家屋も影響を受けているため必要な荷物を探すのに時間がかかりそうだが、少しの時間しか戻れないとのことなので、どれくらい物をもってこれるかはわからない。
原発は、田中角栄の時代に誘致が決まり、はじめは工場を誘致という話を聞いていて許諾をしたのに、いざ蓋をあけてみて初めて原発の誘致活動だったと知った。そうと知っていたら初めからから賛成などしなかった。
この付近では今回の事故以前から発ガン率が全国のなかでも高いのだが医師もその事に対しては口をつぐんでいる。
仮説住宅もお盆くらいまでには準備されるらしいがどうなんだろうか。。。
等。
悲痛、というほかなかった。
福島原発の電気を使って豊かな生活を享受してきた人間として、こうして遊びに来ているということに対して、正直いたたまれない気分になった。
(この発電所では関東の人のための物であって、我々東北の人間のものではないのに、なぜ我々がこのような目に遭わなければならないのか、という話も聞いた)
ご老人たちの口調は決して私に対しては責めるようなではものではなかったけれども、うなだれて話を聞くほかなかった。
とはいえ、こうしたお話しを生で聞くことができたのは、自分にとって貴重なことだったと考えている。
一日歩き回ったので結構疲れていた。
部屋でシャワーを使った後はしばしベッドの上で休んでいた。
テレビからは、震災に関するNHKのドキュメンタリー番組が流れていた。
今日のご老人たちの話が思い出され、いろいろなことを考えていた。
しばし休んだ後、もう結構な時間になっていたが、コンビニに行くついでに福島駅付近の繁華街のほうまで行って、
街を歩いてみた。
地元の若者とも話をしてみたかったので、いい感じのバーか飲み屋でもあったら入ってみようかなとも思ったのだが、
歩いた場所が悪かったのかいかにもお水っぽい感じのお店しか見つからなかったので、
おとなしくホテルに帰った。
5/8
朝10時ごろにチェックアウト。
夕べ話したフロントの快活なお姉さんに見送られ、出発。
昨日は夜だったので分からなかったが、駅の近くの歩道も綺麗な色の花で彩られている。
やっぱり福島の人々は花が好きなんだあと思い少し明るい気分になった。
この日は夕方所用があったので早めに帰京しようと思い、
観光はせず一路レンタカーを借りた郡山へ戻る。
花見山公園や須賀川牡丹園など、見てみたい場所も何カ所かあったのだが、
それは来年の春のお楽しみに取っておこうと思う。
そのころまでには、復興が進んで、昨日話を聞かせてくれたご老人たちにも平穏な暮らしが戻っていることを望む。












